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共通テスト「古文」で満点を狙う方法
例えば、傍線部の直前にある逆説の接続詞を手がかりにすることによって、その接続詞の前と後ろでは反対のことを言っていることがわかります。そのことから傍線部の解釈が見えてきます。
あるいは、傍線部の文末が「已然形プラスば」で結ばれている場合、それは因果関係を表すわけですから、選択肢の文末表現に「~なので」といった表現のないものはすべて消します。
というような感じで、文法に依拠して選択肢を消していくと正解の選択肢にたどり着きます。
正解の選択肢をつかめたら、その選択肢それ自体が問題文の解釈に役立ちます。つまり、共通テストの古文は文法に依拠して解くことによって、ゲームの1面クリア、2面クリア、3面クリア、という感じで、どんどん累積的に正解する問題が増えていくように設計されています。
そういった問題の構造を洞察することなしに、いくら古文単語を覚えようと、いくら読解力を磨こうと、満点はなかなか目指せないのではないでしょうか。
古文の文脈ってどうやってとるんですか?
夕霧くんは模試の成績がめちゃ優秀だった
↓
先生たちが「やはり前世の行いが素晴らしいのでしょう」と言ってむせび泣く
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光源氏も泣いた
さて、なぜ光源氏は泣いたのでしょうか?
文脈をとるというのは、今読んでいる文章と前の文章との整合性をとることを言います。
別の言い方をするなら、あなたが欲しい情報は「前の文章までに言及されています」。
上に矢印で示した問題は誰でも理解できるでしょう。
しかし「古文」で書かれてたら理解がむずかしい?
じつは現代文も英語も古文もまったく同じですが、今読んでいる文章と前の文章の関係を絶えず意識しつつ読解の訓練をするしかありません。なぜなら、文脈をとるというのは、文法に対する「絶対的な」信頼がないとできないからです。
文脈を取れない人は文法をあまり信頼してない、すなわち問題演習量が圧倒的に少ないのです。上の矢印で示した問題の簡単さが、それを如実に表しています。
しかし、だからといってやみくもに演習量を増やしても、読めないものは読めないし、文脈が取れないものは文脈が取れないのですから、非常に苦痛だろうと思います。苦痛な上に問題を解いても解いても全く実力が上がる気配がなくて、やがてイヤになってしまうでしょう。
文法自体は学校で配られている文法書に書いてありますし、それのやや詳しい参考書は本屋さんでたくさん売られています。しかし、文法を信頼して実際に読解する方法が書かれている参考書はほとんどありません。全くないといってもいいのではないかと思います。なぜなら、文法に依拠して読むというのは脳内の「動き」であり、その動きは静的言語では正確に記述できないからです。記述しようと思えば記述できるのでしょうけれど、おそらく誰も読みたくないレベルの参考書になるはずです。
楽譜がそうらしいですね。楽譜に書かれてある情報には限りがあるとプロの音楽家たちはいいます。とことん細かく指示記号などを書こうと思えば不可能ではないらしいのですが、そこまで細かく書いたら誰も読めないような楽譜になってしまうので、作曲家たちはある程度情報を落とした楽譜を書くそうです。演奏家や指揮者はだから、楽譜の「空白」にどのような作曲家の意図があるのかを読み取るのだそうです。
古文の読解法もそれに似たようなものがあります。参考書に全部書けば、誰も読みたくないような複雑怪奇な参考書になるはずです。だから、参考書に書かれていないことを洞察しながら参考書を読む必要があります。
しかし普通、高校生が一人で参考書に書かれていないことを洞察するのは不可能です。そこに私のような教員の需要があるのだろうと思います。
じつはサウンドが命です。古文と英語の意外な共通点とは?
古文は「読み聞かせ」を前提として書かれています。1000年前はコピー機もなければ印刷機もなかったので、「ちょっと『源氏物語』を読みたいなあ」と思っても、誰かが書き写してくれるのを待つしかありませんでした。しかも、当時は識字率がきわめて低かったので、読み聞かせてもらうしかなかったのです。だから、現代の私たちは、学校で古文を暗唱させられるのです。
――頃は み冬立つ はじめの空なれば、降りみ 降らずみ 時雨もたえず・・・・
『十六夜日記』の一節です。
これを声に出して読むとリズムがあることが即座に理解できるでしょう。(「み」はとりあえず接頭辞(=訳さない)くらいに思っておくといいです)他方、英語も「サウンドの言葉」です。つまり、目で読む用に開発された言葉ではなく、リズムと言葉の響きありきの言葉です。なので、音読しないと「読めない」のです。
古文と英語がさっぱりできない人の特徴は、声に出して読んでいない、です。音読すれば「おのずと」読めるようになります。ちなみに古文の「し給ふ」は「したも~~~~」と、腹の底から声を出して読む――そんなふうに「設計」されてるんです。
英語のお話をしましょう。
英語もサウンド命の言葉です。より具体的には、リズムとサウンドです。英語ができない生徒さんは英単語を発音する時にアクセントの位置にまったく注意を払っていません。長文読解の英文を読む時も非常に平坦に読みます。
で、おそらく多くの先生は「まあ音読はさておき文法をやろう」などといって文法の参考書をやらせるのかもしれませんが、英文というものはすべからくリズムを持っていますから、リズムさえ体得できれば徐々に英文が読めるようになります。英語はもともとが生活の中から生まれた言葉であり、かつサウンドの言語だからです。
したがって、アクセントの位置に気をつけて単語や英文を音読し続けるうちに、次第にできるようになっていくのです。
というわけで、古文も英語もまず音読をば。
高校3年生になって古文の問題は解けるけど読めないという不思議な方がときどき当塾にお越しになりますが、そういう方は「頭で読んでいる」のでそうなるのです。実際に古文を読ませてみると全く音読できません。ついでに英語の長文問題を音読させると、これまた読めません。が、なんとなくそこそこの模試の点数だったりします。要するに音読が命なのです。
漢和辞典の丸暗記?漢文の「読めない漢字」ってどうすればいいんですか?
重要漢字(単漢字)は文法書の後半にその読み方と意味が載っているので、それを覚えよう。たとえば「鮮」は「せん」と読み、「少ない」という意味だと文法書に書いてあります。鮮少(せんしょう)という言葉、今でも使います。少ないという意味です。
それ以外の漢字で問題文の注釈にないものは、どうやら「現代語の熟語を想起しろ」と、各問題文は言っているようです。おそらくそれが設問者の意図だと私は思います。熟語は国語便覧に載っています。めんどくさいと思いますが、「常識的な」熟語くらいは知っていないと漢文は読みづらい。
どうしてもめんどくさければ、英語同様「文脈判断」で漢字の意味を推測するしかありませんが、あまりお勧めしません。対句表現のとこ(あるいはそれに準ずる表現のとこ)なら、それでいけますけど。
いずれにせよ、漢字の問題集を使って対策してください。現代文の漢字対策で皆さん漢検の問題集などをお使いだと思います。その問題集に必ず熟語の問題が載っているはずです。その熟語のところを3周して仕上げてください。
例えば、共通テストの漢文の語彙問題は必ず、「文中に出てくるこの漢字と同じ意味で漢字が使われている熟語を次の①から⑤の中から選びなさい」というものです。熟語の意味を知っていれば対応できるはずです。
というわけで、漢和辞典の丸暗記などしなくてよいので、頑張って現代語の熟語を覚えてください。
古文の勉強法ってどうすればいいの?共通テストの過去問「得点UPの方法」
共通テストは「情報処理能力」が問われます。すなわち、選択肢の消し方がわかっていれば得点できます。が、しかし、それ以前に、問題文が「何を言ってるのか」が理解できないと得点できません。当たり前のことです。
問題文はほとんど全員、虫食い状態で読みます。なぜなら高校生が一人で解釈を取れない文が問題文に含まれているからです。つまり、共通テストは問題文全てを隅々まで逐語訳&解釈できなくても点が取れるように設計されているのです。
しかし、ポイントとなる箇所は「絶対に」読み落とさない&誤訳しないことが重要です。ポイントというのは、「だれが何をなぜやったのか?」を読む解くのに絶対に必要な箇所です。それ以外の箇所は、高校で習わない古語が出ていたりして、言ってることが判然としませんが、解釈が取れているところから「推論する」ことによって、だいたいの意味が取れます(たいてい、解答にまったく必要のない文章だったりします)。
さて、ポイントとなる箇所の解釈を正確に取ろうと思えば、
(1)順接の接続詞、逆接の接続詞に着目する
(2)重要古語を覚える
この2点が重要です。
そこを読み落とさないように演習すれば共通テストで得点できます。古典常識、古典読解常識を知らないと解読できない古文の問題もありますが、最近はそういう「国語らしい」問題が減りましたね。
ところで、読解力と同じくらい共通テストに必要なのが選択肢を消す力です。共通テストの選択肢は古文に限らず、現代文も漢文も必ず消去法で消します。消去法で消していかないと正解の選択肢を選べないように設計されているからです。その消し方がわからないと時間オーバーになるように設計されています。
選択肢を消すテクニックはいくつかありますが、例えば、「、」のところで選択肢を切って吟味する。比較的短い選択肢であれば、「、」のところで切れば選択肢を前半と後半に分けることができます。選択肢の前半だけを吟味して、そこが「×」であれば、後半は読まなくてよいので次の選択肢に移るといった具合です。
3行にわたる選択肢も同様に「、」のところで切ります。前半部分が「×」なら、それ以降は読まなくてよい。そのようにして時間を節約します。
それ以外にもいくつか選択肢を消去するテクニックがありますので、また機会があればそのときにお話ししますね。
関関同立、MARCHを制する大学受験古文! 4カ月でマーチに受かった勉強方法はこれ!
関関同立やマーチは「ありわらのなりひら」を漢字で書けとか「直衣」の読み方を書けという問題は出ません。よかったですね。なので、たとえば、河合塾から出ている「マーク式基礎問題集」を当塾では使用して対策しています。
その大問1(伊勢物語)から大問12(枕草子)までの問題文を「すみずみまで全部」説明できるようになると合格できます。生徒さんを見てたらおおむね毎年、そういう傾向にあります。助動詞を文法的に説明できるのは当たり前。誰が何をなぜやったのかを説明できてやっと及第点。べつにむずかしくないので、全部教えます。問題集を3周すれば完璧!
ざっとそんな感じです。それらを4カ月でできるのか?
受験4か月前の受験生の集中力は相当なものがありますから、おおむねできています。が、最後の最後まで苦戦するのは文脈をとる能力です。
文脈というものは、「それまでに読んだ文章の中の何らかの情報」をもとに、例えば主語を推測するとか、主人公が誰と喋っているのかを推測するとか、誰が誰のお祝いをしているのかを推測するといったようなことです。
すべて、「説明書きを含む問題文の冒頭からそれまでに読んだ」文章の中にその答えが書かれてあるわけですが、古文特有の(?)推論読みの技がないとなかなか難しいのが実情です。
しかし、それでも合格してるところを見ると、まあどうにかなっているのだろうと思います。というか、実際に過去問を見てみると、河合塾の問題集をそこまで完璧にやらなくても合格できるような問題も実際に存在します。
が、やはり受験ですから、安全を見て3周し、完璧を目指すのがベターでしょう。
わたしが古文を読めないのはなぜですか?
1つには、助動詞を文法的に説明できるスキルがないから。
2つめは古典常識と古典読解常識を知らないから。
なにもむずかしくはありません。
内裏ってどんなとこ? なんて読むの?
五十日の祝いってなんて読むの? それってどんな意味?
全部、国語便覧に載っています。
3つめ。今読んでいる文章と前の文章の関係をとれないから。
文章は前の文章を受けて今読んでいる文章が存在します。これは英語も古文も現代文も漢文もすべて同じです。
前の文章との関係をとるには、あるていど文法を信頼するしかありません。好むと好まざるとにかかわらず、文章は文法に支えられているからです。
2つめの「古典読解常識」と3つめの「関係」は、いい先生に教えてもらうしかないとわたしは思います。なぜなら、生徒の話を聞くにつけ、学校ではあまり教えてくれないらしいからです。
古典常識の知識と推論読み
というわけで、あなたが古文を読めないのは、古典常識の知識と推論をする力がないからです。学校ではそのことをほとんど教えてくれません。学校ではほぼ絶対に国語便覧を買わされますが(配布されますが)、それを授業で使う先生は少ないと思います。使っても1回か2回で終わりではないでしょうか?
また、国語便覧で古典常識の知識を得るだけで終わっている学校の方が圧倒的に多いのではないでしょうか? まあ、それも仕方のないことかもしれません。例えば、『源氏物語』の「桐壺」を丁寧に読むだけで古典常識の知識はかなり身につきますが、そこまで丁寧に授業をする時間があるのかといえば、おそらくないでしょう。古文の授業数は限られていますし、深掘りして授業することなく、次々と新しい単元をやらないと、あっという間に定期試験の時期になってしまうでしょうから。
推論読みについても、入試(初見問題)に必須の能力であるにもかかわらず、おそらくほとんどの学校で教えていないと思われます。それを教えていないから、私のもとに定期試験対策をお願いしに来る生徒さんが後を絶たないのだろうと思います。
定期試験の古文なんて学校の授業を丸暗記すればそれで済むと思うのですが、その学校の授業がよく理解できない人もいれば、定期試験に模試みたいな初見問題が出るのでその対策をしてほしいという生徒さんもいらっしゃいます。
いずれにせよ、高校1年生から推論読みのスキルを学校で教えていれば、私の元に生徒さんが来ることはないはずです。しかし、それでは私が食いっぱぐれるので、これからも学校では推論読みを教えないでください。というのは冗談ですが、いずれにせよ、あなたが古文を読めないのは、古典常識の知識がなく、かつ推論読みのスキルがないからです。
文脈判断とはなにか?「文脈を<想像>したら落ちる」
「これは文脈判断だから」と学校の先生に言われて「またかよ」と思った人も多いと思います。今回は、「文脈判断とはじつは何か?」についてお話したいと思います。
「北大の英語」を例にとります
いきなり古文ではなく英語を例にとります。「北大の英語(第八版)」の大問4の長文読解問題。
例によって、ふつうに読んだのでは何を言ってるのか判然としない問題文です。問題文に出てくるキーワード「自由至上主義的家父長主義」をそれと和訳できれば、まあまあ救いがありますが、おそらく多くの生徒はそう訳せないはずです。「そもそも家父長制とは何ぞ」。
ある一定レベル以上の国公立大学の長文読解問題は、しばしばこのように何を言ってるのか判然としない文章が出てきます。したがって、多くの受験生は「例えば」という言葉にすがるように読んでいます。例示は読みやすいし理解しやすいからです。
論の構造はどうなっているのか?
しかしじつは、こういうものは読み方があります。まず、最終段落が著者の主張を表しているのではないかと推理して、最終段落(この場合なら6段落目)を読みます。
すると、「支持派はこうです」それに対し「反対派はこうです」と書かれています。
ここが最大のポイントです。英語も現代文も古文も漢文も、すべからく論というものは、自分の主張と正反対の主張を置かないと「論じられない」という特性があります。
簡単に言えば、「これは白です」ということを証明しようと思えば、黒いものを持ってこないと、「これは白だ」と論じられないでしょう? 白いものを100個見せようと1万個見せようと、「なぜそれが白と言えるのか?」を論証できないですよね?
こういうのは人間の脳(思考)の特性みたいなもので、ほとんどすべての文章は、自分の主張と反対の主張を「仮想敵」として論を展開します。というわけで、まず6段落目で対立構造が取れれば、まあまあラッキーです。
しかたないから1段落目から順番に読んでいきます。
すると、各段落に逆接の接続詞があることが分かります。当たり前のことですが、逆接の接続詞の前と後で論が変わっています。つまり、問題文の中から対立する二つの言葉や文章を見つけだせば、それがその問題文の構造になっているということです。
対立表現は1つしかないわけではなく、ふつう、複数ありますから、見つければ見つけるほど、あなたの脳内における問題文の構造は強固なものとなり、論の展開がすっきり見えてくるようになります。
そうなれば細かいところが読めなくても、特に気にすることはありません(国公立の2次試験の英語って全部読めなくても合格するよ、と言っている人は、つまりこういうことを言っているのです)。
文脈判断とはなにか?
論の構造は絶対に揺るがないものですから、それにしがみついて読んでいけばいいのです。そうすると、問2~5はすらっと解けるでしょう。完全解答できなくても「論旨」は押さえられているわけですから、部分点はくれるはずです。問1と6は空欄補充問題です。わたしはまだ解いていません。ごめんね。
文脈判断というのは、文章における対立構造に依拠して「推論する」ことを言います。
古文も漢文も現代文も同じです。古文の場合は、順接の接続詞と逆接の接続詞に着目して読むことによって、問題文の構造が見えてきます。
漢文はしばしば接続詞が省略されますが、今読んでる文章と前の文章が同じことを言ってるのか、違うことを言ってるのか? 白について論じているのか? 黒について論じているのか? が分かれば、おのずと構造が取れます。あとは対句表現を「意識して」読むとか。
まとめ
繰り返します。文脈判断とは、文章の構造に依拠して推論することを言います。
以下は余談です。
推論はなぜか、学校ではほぼ教えてくれません。大学入試に必要なのですから、教えてくれてもいいように思いますが、教えてくれません。不思議ですよねえ。
推論というのは、確実な情報から、不確実な情報「X」が何を言ってるのかを導き出す思考のことです。私はその読解法を哲学書を解読する過程で自然と身につけたように思います。ご存知のように、哲学書は何を言っているのか全くわからないので、文章の構造に依拠して解読するしかありません。
例えば、キルケゴールが弁証法という場合、その弁証法は実はヘーゲルの弁証法とは全く違うものなわけですが、まずそのことが文脈の中から読み取れなくてはいけませんし、じゃあヘーゲルとは全く違う弁証法とは何なのかということも本文の中から読み取らなくてはなりません。要するに面倒くさいのです。
そのめんどくさいことを毎日やっているうちに、快感に思えてくるようになりました。もともと私は掃除が好きなのですが、構造読解を通して推論することで、混沌としていた頭の中が整理されてスッキリするから好きになったのだと思います。
高校生の頭の中も同じではないでしょうか?
古文や漢文という暗号をいきなり読めと言われて仕方なく読んだはいいけれども、何を言ってるのかわからない。そういった混沌とした状態から、構造読解というシンプルな方法を使って推論し、掃除してあげる。整理整頓してあげる。そのことに快感を覚えるようになれば、おそらく志望校合格がぐっと近づくはずです。